淀城

かつては巨大な水車があった城。


淀城というと淀君が思い浮かぶが彼女が過ごした淀古城は現在の城跡と位置が異なっている。
現在の城跡は伏見城が破却された後に松平定綱によって築かれたもの。
江戸時代は松平氏、戸田氏、稲葉氏などの譜代大名の居城であった。
しかし鳥羽伏見の戦いで味方である幕府軍の入城を拒否し、幕府軍の士気を失墜させた城としても有名。


淀君が暮らした淀古城跡の石碑。淀古城の遺構はない。
かつて2基存在した水車跡の石碑。「淀の川瀬の水車、だれを待つやらくるくると」と謡われた。
天守台入り口。
天守台階段。
井戸跡。
天守台石垣。
かつてこの上に二条城から移築した五重天守が上げられ、姫路城から移築した4基の隅櫓が周りを囲んでいたが、1756年に落雷で焼失してしまった。しかし絵図、内部の指図が残っているので復元に期待!
当初は伏見城天守を移築する計画であったらしく、かなり巨大な天守台である。
本丸の石垣。淀城石垣の大部分は明治以降に破却されてしまっているので、貴重である。
貧弱そうな石垣。
ここが淀君の城であれば、今頃復元天守が建っていただろうが・・・


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