二条城

後水尾天皇が天守に登り、京都の眺望を楽しんだ城


4棟しか現存していない城郭御殿の遺構が残る。
天皇家への配慮から二の丸は多聞櫓ではなく土塀で囲み、縄張りは単純な輪郭式である。
かつては伏見城から移築した五重天守がそびえていたが、1750年に落雷により焼失、
以後天守のない城となった。


二条城に着くとまず出迎えてくれるのがこの東南隅櫓。
こちらは西南隅櫓。上の東南隅櫓と破風が異なっている。二条城二の丸にはその他2基の櫓が存在したが1788年、本丸御殿と共に焼失してしまう。
東大手門。ここから中に入る。
番所。番所の遺構も珍しい。
唐門。伏見城から移築されたという伝承がある。
二の丸御殿。中は残念ながら撮影禁止。
入り口。
二の丸御殿内部には、大政奉還が行われた大広間や、徳川家康と成人した豊臣秀頼が初めて対面した部屋が残る。(この時、加藤清正は家康から毒を盛られたとか・・・)
いい天気だ。
庭園。
本丸石垣。かつては多聞櫓で囲まれていた。
本丸御門。手前には昭和5年に解体されるまで2階廊下の橋があり、今後復元されるという。
横から見る本丸御門。確かに普通の門ではない。
桃山門。その奥が鳴子門。
本丸の庭園。
二条城天守台。天守の形状は判明しているが、復元計画はないらしい。
天守台。ここに5重天守があった。
天守台からの眺め。
美しい紅葉。
真赤だ。
二条城の石垣は低いが整っていて美しい。いかにも京都の城である。
本丸御殿跡に移築された旧桂宮邸の御殿。耐震基準を満たしていないため中に入れない。
土蔵。米を蓄えていた。
二の丸の奥に移された二条古城石垣。二条古城は1569、織田信長が将軍足利義昭のために築いた城。信長の将軍追放による室町幕府滅亡の際、城は破却された。
特別公開されていた台所内部。
現存する北大手門。
黄昏時の二条城。


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