郡上八幡城

遠藤氏、執念の城


1559年、遠藤盛数が八幡山に郡上八幡城を築城した。
1584年、盛数の子の遠藤慶隆の転封により稲葉貞道が入城、城を改修し天守を上げる。 
その後、関ヶ原の戦いの戦功により再び城は遠藤氏の居城となるも改易、
江戸時代は主に青山氏の居城として用いられた。


力石。城を修復する時、作兵衛(通称赤ひげ)が、城下の河原から背負って運び上げたと言われている。重さは、350s
郡上八幡城築城の際、およしという乙女を人柱として生き埋めにしたという伝説がある。
郡上八幡城の模擬天守。天守台は現存している。郡上八幡城は明治の廃城令で、石垣を除く全ての建物を破却されてしまった。
郡上八幡の城下。


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